■旅行記 ”日本一周旅行” 20日目 : 九州上陸  (1996.08.27 Tue)

 このあたりは連日のテント泊による疲れのせいか、あまり記憶に残る思い出が少ない。さもなければ、鳥取砂丘や出雲大社といった全国区の観光地が目立ち過ぎて他がぼやけているだけかもしれない。見事な稲穂が道路の両側に実っている美しい風景の中を走ったのを覚えているが、それ以外は秋芳洞の印象に埋もれてしまったようだ。
 やはり写真を撮るのは大事なんだなと今更ながらに思う。僕としては「心に残ればいい」とか「他人に見せるのが目的じゃないから」などともっともらしい事を思うけれど、そもそも自分の記憶が怪しいので、結局思い出せない有様だ。ふと立ち止まって一枚でも写真を撮っておくとか、その場で感想をメモしておくとか、たったそれだけでもいいのだが、心に残る景色やハプニング、そして出会いがなければ、やはり残らないものである。
 暗に結論付けてしまったが、この地方は今までに訪れたことがあるとか、興味があるとか、知り合いが住んでるとか、そういうものがまったくなくて印象が薄いのは確かだ。それだからかもしれないが、温泉津で、早朝に目が覚めて出かける準備をしている頃から、既に秋芳洞のことしか頭に無かった。
 さてその秋芳洞だが、洞内見学に1240円もかかるとはまさか夢にも思わなかった。夏休みのせいか平日なのに結構混雑していて、入り口付近でごった返すその往来の中で、ほんの少しの間だけチケットを買うのに二の足を踏んでしまった。本当に情けないけれど、何をするにも当時は、「日本一周を成し遂げるには」という気持ちがまず第一だった。しかしいざ本当に有事−−と言ってもなけなしのお金が軽く底をつく程度−−の際は埼玉の実家に「きちんと返すから郵便局に振り込んでおいて」と連絡を入れようなどとしたたかに思っていた。
 そんな小さな葛藤の末、中に入ってみると、予想通り洞内は涼しくて気持ちが良かった。しかし意外にも、それほどありふれた観光地という感じは抱かなかった。関係があるのか無いのかも分からないような、よくある大きな蝋人形の展示物や、台無し感いっぱい−−それはそれで雰囲気があるのかもしれないが−−の音楽に合わせて同じ台詞を何度も何度も繰り返すテープ放送など、そういうものはなかった。
 それは偏に、自然が造り出した造形物があまりにも摩訶不思議でかつ壮大だったからかもしれない。暗闇の中に繰り広げられる、今まで見たことも無いような不思議で奇妙な光景の連続、そして、何千年、何万年という時を経て形成された鍾乳洞に、まるで星を見ているかのような錯覚に陥るほどだった。その途方もない年月は、たった22年の一生などで到底測れるような月日ではない。星を見ていても思うけれど、こんな時、本当にちっぽけな自分と、本当に壮大な宇宙を感じ、ただただ呆然と立ち尽くすだけである。
 と、ちょっと気取って多少ロマンチックに感想を述べてはみたけれど、ただただ純粋で鳥肌が立つほどの感動以外は、実は不純な感想と「別のロマンチック」にばかり気を取られる始末だった。
 と言うのは、これは単なる自己嫌悪に過ぎないのかもしれないけれど、どうもカップルの数が気になって仕方がなかった。もちろんどこの観光地にも当然いるけれど、否応無しになぜか目に入ってくるのは、仲むつまじいカップルたちであった。こっちは、邪魔なヘルメットと重たいカメラを小脇に抱え、さらに貴重品を入れた肩掛けのバッグまで持っている状況で、濡れて滑りやすくなっている暗い通路を不自由に歩いているのに、彼らはその不自由さをまるで味方につけたかのように楽しそうに歩いてくる。
 そう、彼らはまさにその不自由さを味方につけているのだった!ここまで来ると被害妄想以外の何ものでもないけれど、通路は狭いからそのほとんどは寄り添うか一列にならなければ歩けないし、もちろん洞内は暗くて滑るから、安全を考えれば手を取り合って進むべきである。大声で話せるような雰囲気でもないからお互いに話す声は自然と小さくなるし距離も近くなる。これだけ材料が揃っているのだから、お前ら全員確信犯だ、などとひがんだりしつつ、この秋芳洞の神秘を満喫していた。
 いろんな意味で感心しながらようやく洞内から出てきた。映画館から出てきたような、夢から覚めたような開放感があった。時間をかけてゆっくり周ったので既にいい時間になっていた。このまま真っ直ぐ下関を目指せば近いのだが、美祢から長門まで一直線に日本海沿岸へ戻り、本州の最西端を律儀にもぐるっと回って下関に向かう事にした。
 そんなわけで下関に着いたのは夕方も夕方だった。駅前のロータリーの上にある公園というか通路から駅周辺の景色をちょっと眺めたくらいで、早々に関門トンネルへと向かったが、まさか百円で九州に渡れるとは思わなかったので多少拍子抜けした。そしてひどく混雑したトンネルを抜けて、ようやく九州に上陸した。
 高校2年の時、普通列車で一度だけ九州に来たことがあったが、その時とは感じるものに随分と違いがあった。強行軍的な貧乏旅行ということに変わりはなかったが、さすがに関東から、北海道を経由してここへ来るということはなかったので、感動はひとしおだった。
 しかし実はそんなに感慨に耽っている時間はなかった。すぐに日が暮れ始めたので急いで海峡の写真を撮った後、とにかく夕飯を食べて寝床を見つけないと落ち着かないのでとりあえず門司港駅に向かったが、何か催し物があったらしく、駅周辺はびっくりするほど異常なまでの大混雑で、バイクを停める場所さえ見つからないほどだった。ようやく歩道に適当なスペースを無理矢理見つけて駐車し、適当な店に入ってみたが店内もひどく混んでいた。。
 夕食を摂った店の店員に聞いた、埠頭のそばのだだっ広い公園にはまだ大勢の人がいたが、ちょうどはけていくところだった。少し落ち着くのを待ってからいよいよテントを張ったけれど、その前後で強い雨が降り出して厄介だった。既に夕食の前後で雨はぱらついていたが、いよいよ本降りになり、それは強さを保ったまま止む事はなかった。
 確かに九州上陸ということで、また一つ、目標をクリアしたような気持ちにはなれるけれど、天気の事も考えるとやはり手放しでは喜べないものである。これからの足取りを何となくすっきりしない気分で考えながら雨の夜は更けていった。

 
秋芳洞内は写真撮影が禁止されてはいなかったものの、フラッシュの無いカメラで三脚も使わないでの撮影は大変だった。
偶然撮れたのがこの2枚であり、他はうまく撮れてなかった。


 
秋芳洞の入り口を外と内から撮影したもの。
こうして自然の佇まいがしっかりと残されている秋吉台を僕は気に入りました。


 
「めかり公園」から撮った関門海峡。橋で渡るのは高速道路で、一般道は海底トンネルです。
それにしても天気が悪い。結果的に日没後、雨が降り出した。


【走行距離】 本日:329km / 合計:5,735km
島根県邇摩郡温泉津町(ニマグンユノツマチ)(現:大田市) 〜 福岡県北九州市門司区

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