■旅行記 ”日本一周旅行” 19日目 : 三日目は温泉!  (1996.08.26 Mon)

 早朝、まだ薄暗いうちに僕はテントから出てみた。腕時計の目覚ましが鳴ったときはまだ真っ暗に近かった。既に着替えも済ませ、テント内の荷物もまとまっていた。雨が降っている。
 昨夜ここに着いた時には既に夜だったので、この場所が実際はどんな場所なのか分からなかった。湖と道路の間にある、ちょっとした空き地とは言え、ひどく目立つ場所かもしれないし、誰かの私有地か駐車場なのかもしれない。だから僕は明るくならないうちにこっそりとここを出発しようと、昨夜眠りに就く前から決めていた。
 すぐ目の前に民家があるわけではないけれど、さすがにちょっと離れたところにある喫茶店の人は気づいただろう。しかし特に何事もなく、平穏無事に朝を迎えた。こちらも別に悪事を働いているわけではないのでそれほど臆病になる必要もないけれど、川原や砂浜や公園と違って、こういう「なんでもないところ」というのは意外に落ち着かないものである。
 何事も無かったように早々と走り出したのは良かったのだが、実はもっと気になっている事があって、それはガソリンの残量であった。昨日、天橋立から走ってきた時、天橋立の近辺には確かにガソリンスタンドがあったのだが、まだ早すぎるとやり過ごしてしまい、それ以来、給油のチャンスが無かったのである。
 こういう時に限ってガソリンスタンドが見事に現れない。この辺りは海に近いはずなのに、陽の当たらない山間部の切り通しだったりトンネルだったりとひどく寂しいところを走っていた。ガス欠と言えば北海道の稚内でも同じような事があったけれど、こればかりは仕方がないというか、4リットル、5リットルと、そんなにこまめに給油するのは面倒なのである。
 仕方がないので僕は時速60qくらいをキープして走り続けた。僕のバイクはこのくらいが一番燃費がいいのである。いつもはそんなスピードで走っていたら後ろから急かされたり追い抜かされたりでかえって走りにくいのだが、ここでそんな心配は無用だった。早朝のせいもあってか、ほとんど車が見当たらない。だから前回の給油地からの距離を示すトリップメーターとにらめっこしながら、雨の中をゆっくりゆっくりと走った。とにかく焦らず、後ろから車がやってきても気にせずスピードを維持して自分を追い抜かせ、遠い先に見える信号が赤だったらそこまで惰性で走り、極力走行距離を稼いだ。でもやはり焦りは押し殺せず、走りながらも、このまま走り続けるべきなのか停まるべきかを思案したり、ガソリンが切れた時のことを思い、この雨の中を、僕はどれほどバイクを引いて歩かなければならないだろうなどと憂鬱になったりしていた。しかしそれでも一向にスタンドは現れなかった。
 しかしそのうちに、自分が歩く距離を縮めるためにも、とにかく少しでも長く走り続けるべきなんだと諦め半分で思うようになった。しばらく停まってエンジンが冷めてしまったらまた走り出すまでに余計なガソリンを使ってしまうわけで、停まったところで誰かがこんな道端で僕のバイクに給油してくれるわけは無いし、そう開き直ったらとても気分がすっきりした。
 神様のいたずらと言っては大げさだけれど、そう思った矢先、営業時間外であるがガソリンスタンドに出くわした。雨を凌げる屋根もついてるスタンドだったし、確かに潰れてなさそうなスタンドだったから一安心だった。その小さなスタンドにはまだ誰もいないけれど、どうせ9時ごろから開くのだろうから、1時間も待たずにガソリンが入れられるだろうと、雨宿りしながらそこで待つことにした。
 開店の20分くらい前に店長らしき人がやってきたけれど、結局開店時間まで待たされた。ただ店のブレーカーを上げればすぐに給油が出来るわけではないのか、単に時間に律儀な人だったのかは分からないけれど、とにかく待った甲斐あって無事に給油を済ませた。
 9.7リットルのガソリンが入ったから、つまり300tはタンクに残っていたわけである。知ってしまえばなんて事はないが、走っている間はまさに風前の灯火の思いだった。因みに300tであと10q以上は走れる計算だが、この先10q以内に他にガソリンスタンドがあるとはとても思えなかったので、このスタンドを逃すわけにはいかなかった。
 さて、そんな無用な葛藤はさておき、今日は他にも話題が幾つかあって、まずはじめは鳥取砂丘へ行ったこと。
 兵庫県から鳥取県に入ってすぐのところに砂丘はあるのだが、既にこの時には雨は止んでいて、砂も表面的には乾いているようだった。後になっていろいろな人に訊くと、「意外と狭いと思った」とか「エジプトに比べたらなんでもない」と当たり前の答えが返ってくるが、当時の僕はなぜだかひどく感動できた。僕が海外知らずで、もちろんエジプトもその他の砂漠のどこも知らないというのが幸いしたのは否めないが、目標ではないまでも、これだけの日数を経てここまで来たという自分勝手な感動があったのだろうと思う。また、砂漠の入り口に多少お店や看板があるものの、それは許せる範囲だったのも幸いしているだろう。実はその砂山は自分がいるところより低いところにあり、その山を遠巻きに見下ろす事が出来るのだが、その砂山の背後には海があって、その光景が、何か、不思議なコントラストと言うか、妙な魅力みたいなものを感じることが出来て興味深かった。そして僕が驚いたのは、全体が黄色のその砂山の表面に少しだけ見える黒い粒々が、それが低木か石や岩だと思っていたのが、実はすべて人間だったという事である。僕は少し近眼なのだけれど、疲れていた自分だけがそう思ったのか、みんなそう錯覚するのかは分からないけれど、あまりに馴染みのない風景を目の当たりにして、何か心がくすぐったいような感じがしてそんな自分が自分で楽しかった。
 だから、砂だらけになるだけだから見渡すだけで帰ろうと初めは思っていたのだが、靴も、靴下も脱いでしまって、結局その砂山を裸足で登ったり駆け下りたして子供みたいにはしゃいで過ごしてしまった。
 そんな鳥取砂丘を後にし、昼を挟んで、今度は出雲に来た。些細な話だが、僕が「出雲」と聞いて思い出すのは、小さい頃よく遊んだボードゲームの中で、「やくも」という名の特急列車に乗って「出雲大社」に行くという設定があり、列車で来たわけではないけれどそれを懐かしく思い出しながら、実際に出雲市駅と、そして出雲大社に着いたときには、小さな小さな僕の心にとっては十分大きな感動的でもあり感傷的でもあるやはり不思議な気持ちになり、何となく満足だった。
 出雲大社の本堂の太い綱は、確かに大きくて驚きだったが、それ以外は出雲大社を囲む庭園というか自然に惹かれて、御利益、御守り、といったものには一向に興味が無かった。でも僕にとっては、先の天橋立よりは落ち着けて、心身共にくつろげた。
 さておき、今日は遂に連続テント泊記録を更新する日である。今まで2日しか連泊した事がないというのが情けないけれど、とにかく今までに無い不便さを感じた。それはもちろん洗濯物と風呂の事である。
 出雲大社を出発してから、それらをどうしようかと思案しながら走っていると、「温泉津」(ゆのつ)という道路標識が目に入った。いかにも温泉の街という感じがしたので、そこへ行ってみると、小さな小さな寂れた街に、たくさんの銭湯や温泉旅館があった。とても大型バスなど入れないような狭い路地が続き、一般の自動車でさえ、袋小路みたいになっているところもあり、切り返しが面倒そうに見えるほどだった。銭湯を「はしご」する人々がその細い路地を歩く中、僕はバイクでその温泉街を一通り周ってみた。それは観光もあるけれど、どちらかというと「テントをどこに張ろうか」という思いで見渡していた。しかし、さびれているとは言えさすがにそのメインストリート沿い−その細い路地−にはとても張れそうにないので、ちょっと脇道を逸れ、山の方に向かう、誰も通らないような砂利道の一角、用途は良く分からないがちょっと広くなっている砂利が敷いてあるところを見つけ、ここに陣取る事にした。
 しかし今ここでテントを張ってしまうと、テントを置いたまま食事の買い物や温泉に入りに行かなければならなくなるので、陣地の目星だけつけてそのまままた中心街に戻った。そして最低限のものだけ手にして、銭湯に入った。
 2、3の銭湯をはしごしたのだが、どこも一回130円とか150円とか、そんな料金だった。本当に昔ながらの銭湯で、どこも店の構えは似たようなもので、おじいさんが男湯と女湯の入り口の境目に背を向けた格好で、牛乳ビンの保冷庫を机代わりに座っているのであった。僕は最初に入った銭湯の洗面所で、最低限の洗濯をした。
 しかし、風呂上りにバイクで走るのはあまり気持ちのいいものではない。何せまたヘルメットをかぶらなくてはならないのだ。しかも銭湯を出た頃にまた雨が降り出して、大急ぎで先ほどの場所へ戻ってきてテントを張った。
 小雨だったからちょっとだけしか濡れなかったが、こういうのは体にというより心に響くものである。洗った下着はもちろんテントの中の、ちょっとしたところに掛けたり広げたりしてみるけれど、こんな天気じゃなかなか乾かないだろうなどと、考えることまで湿っていた。
 しかしこの温泉津温泉に出くわさなかったら、そしてそれこそ終日どしゃ降りの雨だったらどうなっていただろうと思うと、まだまだ自分は運の良い方なんだろうなと、そんなことを思うようになっていた。この旅行に出る前の自分では考えられないような思いであった。


こうしてパノラマ写真にしてみても、やはり一見大したことは無いように見える鳥取砂丘だが、
右手の砂山の上にぽつりぽつりと見えるのは人であって、斜面にうっすらと見える縞は人が歩いた跡であるのに最初は驚いた。


 
左:「こんな観光地染みた演出」と思いながらも撮影。ラクダはお行儀が良く、乗っている親子も楽しそうでした。
右:ラクダこそ乗らなかったものの、結局自分も砂山を登って遊んでしまいました。裸足で歩くのは気持ちよかったです。


 
「特急やくもに乗って、出雲大社へ行きましょう」 この日まで僕にとってはボードゲーム上のイベントの一つでしかなかった。
(しかし実際は特急列車には乗っていません)


【走行距離】 本日:345km / 合計:5,406km
京都府竹野郡網野町(現:京丹後市) 〜 島根県邇摩郡温泉津町(ニマグンユノツマチ)(現:大田市)

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