■旅行記 ”日本一周旅行”  5日目 : とんとん拍子  (1996.08.12 Mon)

 さすがに海岸の吹きっさらしの所では風が強くテントがばたばた鳴るので、昨夜は夜中に何度も目が覚めてしまった。港内放送を聞き逃すまいという気持ちが余計にそうさせたのかもしれないが、港内放送はものすごい音が大きく、そんな心配をしなくとも毎度毎度目が覚めてしまう始末だった。
 未明、スピーカーを通して港内にわめく低くしゃがれた声で目が覚めたときは、もう本当に憂鬱で仕方がなかった。これをあと何日続ければいいのだろうかと、横になって目をつぶったまま耳を傾けていると、僕のキャンセル待ちの切符の番号を呼んでいるではないか。正確には連番だから、番号そのものを呼ばれたわけではないが、眠くてもそれはとっさに分かってびっくりして、開かない目を何とか開き、ズボンを履き、手で、何となく寝癖を探って頭全体を撫でながら、一応満足のいったところでテントから這い出て、そのまま案内所らしきところへ向かった。
 僕と同じように呼ばれたと思われる人たちがぞろぞろと集まってきた。どうやら次の便に乗れるようである。寝ぼけ眼で「本当に?」などと半信半疑だったが、次の便というのはどうやら午前中に出るということはきちんと把握した。2、3日待つというのは脅しだったのかと、腹が立つやら嬉しいやらで、でも喜んでテントに引き上げた。
 それからもあまり眠れなかった。朝になるとテントの中も随分と明るくなるし、何より鳥の声がひどく気になってくるものである。
 そしていよいよ乗船の時がやってきた。フェリーへ乗るのも初めて、北海道へ行くのも初めてであった。そして今まで続けてきたバイク旅行と違い、乗船まで待たされたり、逆に乗り遅れそうになっても有無を言わさず出発してしまうところに、なぜか分からないけれど僕は異常なまでに「旅情」みたいなものを感じてしまう。最近は列車で遠出することが少なくなったのでなおさらかもしれないけれど、久しぶりにその手の旅情を感じることが出来て、静かな興奮を覚えていた。そして、バイクでフェリーに勢いよく乗り込む時、そのバイクを倒れないように固定する時、暗くて臭い車庫から明るい客室に出た時、何となく居場所がなくて甲板へ出た時、そのすべてに興奮した。子供みたいだけれど、初めてのことはまだまだたくさんあって、まだまだ純粋に感動できるものである。
 しかし、はじめの数十分は甲板の上で風を受けて景色を眺めたり、船内を歩き回って設備や壁に掛けられた説明を見るのもいいけれど、後はあまりそれ以外にやることはなくて、眠気のせいか退屈に思えてしまった。進行方向の上空は随分と雲に覆われて、とてもいい天気には見えないし、そんな海上の船の甲板にいるだけでは、とても梅雨知らずの北海道を感じることは出来なかった。
 そう、北海道で僕が一番気になっていたのは気候だった。夏でも涼しくてじめじめしていないと聞いていたので、とにかく何よりそれを一番に体感したかった。お金があれば、あれが食べたいこれが飲みたいとなるのだろうが、そんな余裕はなかった。海外にも行ったとこがない僕にとって、真夏のその体験は恥ずかしながら本当に未知で、そして興味深かった。
 そしていざ函館に降り立ってみても、やはりそれを感じることは出来なかった。船上から見えた雲からいつ雨が降って来てもおかしくない状態だった。
 さておき、心機一転、市内の親戚の家に向かった。ちょうどその日はその家の奥さんのご両親もやって来て昼食を外で取るというので、着いて間もなくみんなで出掛けた。北海道に着いて早々、僕や子供たちを含め8人で食事をすることになった。これには嬉しいながらも面食らった。
 僕が知っているのは旦那さんとそのお母さんくらいだし、そのお母さんというのも既に札幌に出かけていてここにはおらず、長万部からはるばる食事にやってきた、その実家に嫁いだ奥さんのご両親なんてまずお会いすることはないだろうという立場の方なのに、その方たちから厚遇を受けて、僕は恐縮するばかりだった。どうしてこうもこんな僕を受け入れてくれるのだろうと不思議にさえ思ってしまった。何の嫌味も裏もなく、形式ばらずにほんとうに自然に、というところが僕には驚きだったし感動だった。
 しかしそれは札幌に着いてからより一層強く思うのであった。結局、先ほども述べたけれど僕が知っている義理の叔母さんの母親は先に札幌に出かけていて、僕がそこへ来るのを待っているということで、早々に函館を後にして雨の中札幌へ向かった。長万部付近では海からの強風で、バイクを右に傾けたまま走り続けざるを得なかった。天気が悪くて視界も悪いのに、さらに夕方になり暗くなってきて、そして焦りのせいか、道を間違えて東室蘭まで行ってしまった。しかも遠回りだがそのまま札幌へ向かえばいいのにわざわざ途中まで戻ったりして、本当に長い時間がかかってしまった。雨の中バイクを停めて、後ろの荷物から地図を出して確認してということを面倒に思ってしまったのがいけなかったのだ。大したことでは無いように思えるが、雨のときや余裕が無い時は一層、バイクを停めたり地図を取り出して見ることが億劫に思えて、何となく避けたくなるものである。そして、函館から札幌までの工程はほとんど雨で散々だったが、夜の9時にようやく札幌の親戚の家に着いた。
 梅雨知らずの北海道らしさは感じられなかったが、札幌でも、初対面の人々から歓迎され、別の意味で北海道らしさを味わえた気がした。未知の北海道に初めて降り立った矢先と、雨と風の中をずっと走ってきた後にであったから尚更、この温かさには心打たれた。

  
左:2、3日と思っていたが一晩待っただけでこのフェリーに乗れた。
右:フェリーに初めて乗った僕にとってはこの光景は少し奇妙に思えた。


 
どう見ても天気が良くない。船の上にいても時折小雨が降るほどだった。


【走行距離】 本日:341km / 合計:1,341km
青森県下北郡大間町 〜 北海道札幌市南区

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