■旅行記 ”日本一周旅行” 23日目 : 長崎は今日も  (1996.08.30 Fri)

 全身やけどが痛くないのは、眠りにつけたときだけである。もちろんどんな痛みでも何とか寝付いてしまえば痛くないのは当然かもしれないが、日焼けは一昼夜過ごしたからといって治まるものではなかった。
 それより遂に、腰に痛みが出てきた。昨夜、やけどのせいで無理な姿勢で眠ったせいか、はたまた前日の、傾斜のある砂浜で一夜を過ごし、腰に負担をかけてしまったせいかは知らないが、バイクに乗っていると左脚全体が痺れてくるのである。
 元々腰痛持ちで、なんとかだましだましバイクに乗ってきたが、ここに来て急に痛みがひどくなった。軽度のヘルニアのような感じなのだが、さすがに今は軽度とは言えないほどである。今までも治したくて治したくていくつかの医者へ通ったが、一時的には楽になるものの、根本的なものは高校時代から放っておいたままである。
 こうなると雨が降ってなくても余裕を持って景色を楽しむ事が出来なくなるし、シートに腰掛けてるだけでも痛いので、左の太腿を浮かしたようなぎこちない格好でバイクに乗ったりしていた。ギアをシフトするのも億劫になり、とにかくイライラしていた。
 何とかしてこの憂鬱さをどうにか紛らわそうと、一応電話番号だけはメモをしておいた福岡市内に住んでいる母親の友人に連絡をしてみた。幸いに連絡がついて、会うことになった。
 その方は同じ鳩山町に長い事住んでいて、子供たちがうちの英語教室に通っていたり、反対にうちの母親はその方から編み物などの手芸を習ったりしている仲だった。数年前に旦那さんの仕事の都合で福岡へ引っ越したのだった。その方とは僕も以前に何度も会った事があって顔見知りだった。うちの母親と違って、控えめで、お淑やかで、物静かな優しい方だったが、ここへ引っ越してきたばかりの時にその方は大病をして、寝たきりの状態が長く続き、寝たきりからは何とか回復したものの体の半分にはひどい後遺症が残っているということだった。
 僕は、自分で言うのもなんだけれど、その方が何か、以前の事を懐かしく思い出し、楽しいひと時を過ごせてもらえたら幸いだなと思い、顔を出すことにした。
 多少迷ったけれど、やっとお住まいのマンションに着き、チャイムを鳴らした。電話で話している時から確かに話すのも不自由そうだったので心配だったが、なんとドアを開けてくれたのはその人本人だった。
 もちろん、すんなりとはいかない。支えがなければ立ってられないような状態で、震えも止まらないようだった。しかし僕は思っていた以上に回復したんだなと、感動で涙が出そうになった。
 僕はこれまでも、その人の具合の話を聞く度に心が痛んだ。あんなに優しく周りのどんな人からも愛される方が、どうしてこんなことにならなくてはならないのかと、母親とそういう話をしては母親は涙していたものだった。旦那さんや娘さんたちといった家族の支えの甲斐もあったのだろうと、玄関先でそう思いながら、居間へ通された。
 長居をするつもりはもちろんなかったが、それでもゆっくりと会話をする事ができた。それに会うまではこうして話が出来る事すら夢にも思わなかったので、とにかく元気だったことを嬉しく思った。
 すると、旦那さんが「それじゃあ一緒に出掛けようか」と言い出した。市内を案内してあげると言う。僕はもちろん恐縮しないわけはないが、夫婦揃って気晴らしがしたいからタクシーで市内を一回りしようといって、早速タクシーを呼んだ。
 僕は奥さんの体調が心配で気が気でなかったが、タクシーに乗っている間ずっと笑顔でいたし、それに今ではこうしてタクシーでよく二人で出掛けるらしい。こちらも腰の痛みも忘れるほど嬉しかったし、旦那さんからもいろいろお話を伺えて、お陰で楽しいひと時を過ごす事ができた。
 結局僕の方こそ励まされてしまった感じであった。大変な事があってもがんばって生活しているここの家族と接して、感動の嵐が吹いた。
 しかし、その夫婦と別れ、バイクを走らせていると、やはりまた痛みが戻ってきた。やけどの痛みと、それより気になる腰の痛みである。ステップを踏んでいる左足の感覚がよく分からなくなってくるほどだった。しかしそれでもバイクを走らせるしかない。憂鬱を憂鬱で押さえ込みながら、福岡から長崎までやってきた。
 福岡では感動の嵐が吹いたが、長崎ではまあ見事な豪雨に遭遇した。自分の声も聞こえなくなるほどの大粒の雨が叩きつけている。
 6年前の鈍行列車の旅で、長崎に初めて来た時もどしゃ降りの雨だった。その当時も「やっぱり歌になるくらいだから、ここはよく雨が降るんだろうな」と思ったが、またしてもである。
 福岡で母親の友人に会わなかったら、本当にどん底の一日だった。「人間万事塞翁が馬」と、つい口に出したくなるような一日だった。


まったく同じ型で、同じように箱を積んだバイクがあったので、勝手に並べて写真を撮った。



時計の針は6時40分を指し示しているが、
このあと、とんでもないどしゃ降りに遭う。


【走行距離】 本日:194km / 合計:6,058km
福岡県博多市博多区 〜 長崎県長崎市

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